きょうも傍聴席にいます。
「14歳ごろから吸っていた」「吸うことはコミュニケーションの一つだった」。大麻取締法違反(輸入)の罪を認めたプロスノーボーダーの国母和宏被告(31)は、法廷で少年時代から大麻を使用していたことを明かした。五輪にも出場し、競技の一線から退いた後も、プロとして世界で活躍してきた国母被告。裁判官の「大麻との関係を絶てるか」という質問に対する答えは――。
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「国母和宏です。スノーボーダーです」
裁判官に名前と職業を聞かれると、静かながらもハッキリとした声で答えた。黒色のスーツにネクタイ、白色のシャツ。短髪で、口とあごにはひげを蓄えていた。
国母被告は昨年11月、幻覚成分を濃縮した「大麻製品」約57グラムを米国から輸入したとして起訴された。東京地裁で1月8日に開かれた初公判で、国母被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
検察側は冒頭陳述で、国母被告は米国で大麻製品を購入したと指摘。日本国内の共犯の男(有罪確定)に半分譲る条件で、国際郵便で男の自宅に送ろうとしたが、東京税関の検査で発見されたと説明した。買った相手を検察側は「不詳」とした。捜査で解明できず、国母被告も黙秘した。
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弁護人は、大麻事件を多く手がけ、大麻の有効利用を訴えている男性弁護士。被告人質問では、スノーボーダーとしての経歴を幼少期からたどっていった。
弁護人 「スノーボードを始めたきっかけは?」
被告 「4歳の時にスノボをみて、父親にお願いしました」
弁護人 「世界を目指したきっかけは?」
被告 「ないですけど、始めたときから父親が『世界を目指せ』と言っていたので」
国母被告は14歳だった2003年、世界最大規模の大会である米国での「USオープン」で2位に。史上最年少で、日本人初のメダリストになった。06年、17歳でトリノ五輪に初出場した。結果は23位。ただ、被告にとって五輪は目標ではなかったようだ。
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被告 「スノボの世界でメインなのは、映像作品に出ること。大会は、映像作品に出るためのステップでした。大会で実力を認められ、プロダクションから声をかけてもらえました」
弁護側によると、18歳の時、世界最高峰の制作会社の映像作品で、1人のスノーボーダーだけの滑りを収録する「ビデオパート」に選ばれた。第一人者として認められた証しだという。
被告 「バンクーバー五輪で競技人生を終えようと思っていました。自分の夢はムービースター。大会で入賞し、ビデオパートも取ったライダーの中では、世界で一番高いレベルだったと思います」
10年に開かれたバンクーバー五輪の成績は8位。10~11年の全米オープンで2連覇したが、14年のソチ五輪は目指さなかった。その後も、映像作品を中心に活躍。19年10月に自身のプロダクションを立ち上げたころ、今回の事件で逮捕された。
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続いて質問した検察官は、被告の大麻への依存性を立証しようとした。
検察官 「妻から大麻をやめるように言われたことはなかったのですか。言われた回数は?」
被告 「ありました。覚えてい…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル